logなんて必要ねえ!から考える数学を学ぶ意味


数学って必要??

今話題のこのツイート、めちゃくちゃ笑いました。

高校生の時、これで解いた人がいたら間違いなくヒーローですね。

丸をくれた先生も採点中、必死に電卓叩いていたでしょう。

笑った後、このツイートから素朴な疑問が湧きました。

koupei
logに限らず、数学って必要?

今日は数学について個人的な視点からお話ししたいと思います。

 

数学は世界共通言語・・・という風潮

 

数学はよく世界共通言語という比喩をされます。

というのも数式は様々なルールに則った記号で構成されており、適用されるルールも全世界共通なんですね。

どの国の人が作っても数式なら意味が伝わる

故に世界共通言語。

うーん・・・

 

koupei
いやいやコミュニケーションとれねーし

 

数学についてかっこよく意味を与えたいからに見えちゃいますね。正直。

違う。

 

計算ができないと困る!・・・という風潮

 

電卓やpcで一瞬で計算できます。

手計算に頼る方が愚かに決まってる。

電卓やpcは計算ミスしない時点で人間が敵うわけがない。

日常で使えるレベルの計算力なんて、

そろばん使って暗算スキル鍛えた方がよっぽど役に立ちます。

故に違う、学ぶ理由はこれじゃない。

 

数学は論理的思考能力を育てる・・・という風潮

 

数学は数式を1〜10まで完璧に完成させる必要があります。

不備があってはいけないんです。常に完璧に。

そこに美しさを感じる人はよかったですね、学ぶ意味、できました。

しかし私のようなひねくれ者は何か役に立たないと気が済まない!

となると

数学は論理的思考能力を育てるのに適している

という風潮は先の二つよりは説得力があるかな、と。

数式を完成させる、証明を完璧に行う。

どれも積み木を1つずつ積んで最後の1個を積み上げて完成させる作業のようです。

その工程は、問題の意図を理解し、論を組み立て、数式化する。

といった流れになるので論理的思考能力を必要とします。

 

うーん、でも引っかかる、数学じゃなくてもよくないか・・・。

 

国語の現代文の評論とかのがよっぽど考えさせられるし

(まあ読み解くといった違いは多少あるが)

何より数学の問題って高校レベルだとお決まりのパターンみたいなのが決まってるから暗記しちゃう学生もいるのは事実だし。

 

なんか弱い、少しマシだが。

 

悩み悩んで、一応これだと私は決まった。

 

言語でもなく、計算スキルでもなく、論理的思考能力もなんか弱い。

悩んで悩んで、少し納得できた結論があります。

 

数学は物事の成り立ちやルールを体系的に理解するための思考ツール

 

これ、数学だけじゃないんですよね、学問全般に適応できちゃう。

数学の意義じゃない!という方もいらっしゃるかと思いますが、

私の中で結局数学という枠組に囚われてたら答えが出なかったんですよね。

そこで学問全般に考えを広げたら、少し自分なりに意義付けできた。

学問はそもそも将来仕事でほとんど使わないことを学習します。

ここになんの意味があるのか・・・と考えた時

koupei
学問は世界に限りなく存在するルールや物事の成り立ちを理解するための思考手順だったり、理解のためのツールだったりするんじゃないか。

と考えました。

もし世界に学問がなかったら、科学の発展は確実に存在しませんし、様々な法則などは見つからなかったでしょう。

それを学問として規定してことで世界中の人々が同じことを学ぶようになった。

その共通知識の上で新しい世界のルールや物事の成り立ちが生まれていく・・・

故にその理解のために学問は必要なんじゃないかと考えます。

数学はその中でも、全世界共通、論理的思考能力も問われる

といった特徴を持っているだけに過ぎないというのが結論です。

 

まだまだ考えてみたい

 

うーん、正直ここまで読んでくれた人に申し訳ないくらい薄っぺらい中身だなと自分でも思います。

なんで勉強するのか、って問いは永遠のテーマだと思うし、学問に携わる人はその答えを持っていないといけない気がする。

その答えはもしかしたら死ぬまでに得られないかもしれないが、考え続けて更新していく必要はあるはず。

いろんな方の意見を聞きたいなあと思った次第です。

ではまた。

koupei
適当呟き。気軽にどぞ!

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